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イタリア買付道中記 2005

イタリア買付道中記 2005 その1

2005年5月19日、木曜日早朝。 

ほとんど寝ていない状況の中、出発前だというのになぜか19.6Kg?!
もあるスーツケースを引きずり、


通勤ラッシュの山手線の中、「スペースとってすいませんっつ」なんて汗かきながら
辿り着くは“日暮里駅”。
成田空港まで京成線(スカイライナーでもなく普通の電車)に乗っていくと
電車賃がずいぶんエコノミー♪♪

何気なく使ってしまうお金を稼ぎ出すのって大変なんです・・・っと独り言。
いつかは黒い車の後ろに乗って空港までチャッと行って、
空港の専用ラウンジなんか利用しちゃったりして、
乗るのは最低ビジネスクラスじゃなきゃ駄目さ!
なんて・・・言ってみたかっただけです。

さてさて、今回は北村光世先生主催の
『北村光世先生と行く2005年5月 イタリア料理の旅 第3回日本文化祭』
に参加、というか殆どスタッフだった私はツアー参加者の皆さんとご一緒して
飛行機に乗る事になりました。

19.6Kgもあるスーツケースの中身は殆どがパルマでのツアーに使う材料や備品だったのです。 
最近はアリタリア航空も重量制限が厳しくなって20Kg(エコノミー)をきっちり守らないと直ぐ
超過料金を請求されてしまうので要注意ですよ!

さてさて、乗る飛行機はピアッティ初めての“アリタリア直行便”なのです。
実は最近の直行便って国内のワン・フライトは¥7,000 UPでついているので
下手にトランジットしながらイタリアへ入って正規の航空運賃で国内移動するより
確実で安いのです。

どっちみちミラノかローマからシチリアに飛ぶ“シチリアな私”にはとても正しい選択なのです^^! 
・・・そんな事、割と当たり前だったらしく、学習するのに2年もかかった私は何だったんでしょう・・・
直行便っていいですね~♪♪

中途半端な時間に見知らぬ空港でお茶も飲まずに寂しく乗り継ぎ便を待つ
という思いもしなくてすむし、第一、たった12時間半で着いてしまうんですからねぇ。。。 
“たった”の12時間半です。
思い切り寝られますねぇ。

機内食食べて、ワイン飲んで、あとは寝るだけ。
機内食食べて、ワイン飲んで、あとは寝るだけ。
これを繰り返すとせっかく痩せたのにリバウンドの憂き目に・・・。

ワインと言えばドライトマト。
・・・を持ち込んでまで食べたか?
というと、さすがにそれを忘れてしまい、ちょっと後悔しています。

続く。

イタリア買付道中記 2005 その2

ミラノ、マルペンサ空港に着くや否や、さっさとバスに乗り込み、向かうはパルマ。
今回は団体行動なのです。

実は私、イタリアで片道3車線もある高速道路:Autostradaに乗るのは初めてなのです。
ついでに、一番左の車線をランボルギーニやフェラーリといったイタリア製スーパーカーが
疾走する姿を見たのも初めてなのです。

だって、シチリアではせいぜい2車線だし、フェラーリなんて見た事なかったのでした。



ツアーだとイタリアに着いても日本語が通じるわけで、イマイチこう、
実感みたいなものが湧いてこなかったのですが、途中のサービスエリアですかさず

「Un caffe',per favore!:エスプレッソを一杯お願いします!」

などと・・・
やっぱり、イタリアに来たらまずはCaffe'ですね。

さて、今回パルマでは、KONNICHIWA“こんにちは” と題した日伊文化交流が行われ、
そのお手伝いに参加したという事は先に書いた通りです。
この際に滞在したのはMedesano:メデザーノ という村でした。
で、特に私が泊まったのは村の教会の直ぐそばに立つ
“教会の簡易宿泊所”でした。

・・・といっても建物は新しくきれいで十分に快適でしたから、
「なんてラッキー♪♪」などと思っておりました・・・がっっ!

「カーん、カーん、」

という教会の鐘が鳴り響き、まぁ何と言うか、記憶に残るというか・・・ 
「教会の鐘の音で目が覚めるなんて、何て素敵なのでしょう・・ルルル♪♪」 
と思えたのは宿に着いて“眠る前”までだったのです。

この鐘、ご丁寧に24時間、きっちりと

「カーん、カーん、」

と鳴ってくれるのです。
しかも毎時30分にもきっちりと

「カーん、カーん、キィン?!」← “キィン?!”が30分のしるし。

なんて具合に鳴ってくれるわけです。はぁぁぁ・・・


「あ~、今夜中の4時30分なのね。とほほ・・・」
というわけで計5泊、寝不足が続いたのでした。

続く。

イタリア買付道中記 2005 その3

「パルマ」での大きな目的の一つは「パルミジャーノ・レッジャーノ」の製造過程を見る事でした。
このチーズの名前の由来はその発祥地と深く結びついているのです。

Parma:パルマ、Reggio-Emilia:レッジョ・エミリア、Modena:モデナとMantova:マントヴァ、
及びBologna:ボローニャの一部にまたがるこれらの地域にのみ最適な乳を絞る事が出来る牛と
その為の飼料が育つに良好な気候条件が整います。


そんな訳で特に「パルマの、レッジョ(エミリア)の」という意味合いで、
Parmigiano-Reggiano:パルミジャーノ・レッジャーノという名前がついているのです。
この大型熟成チーズをつくるのに必要な

・天然の飼葉(かいば、エサ):植物性のみでサイロなどに貯蔵しない
・生乳:搾乳は1日2回のみ
・子牛の胃袋にある酵素
・塩

以外は一切の添加物を入れずに作る事が出来るエリアとなると必然的に
範囲が絞られるわけです。

そんな環境を守りつつ出来上がったチーズはまさに、
“製造するものではなく、自ら出来るもの”( パルミジャーノ・レッジャーノ協会資料より)
なのです。

さて、工場では生産者である、Bertinelli社長のGianni Bertinelli:ジャンニ・ベルティネッリ氏が
案内してくれました。
その工程は大きくは次のようになります。

1.前日夕方に絞ったミルク(表面に浮き上がる脂肪分を除いたもの)と早朝絞ったミルクを大きな釜(1,100KG!)で混ぜる。


2.これにil caglio(子牛の胃袋にある酵素)を入れる。
かき回していくと次第にミルクが凝固し始める。


その昔、牛乳を運ぶのに牛の胃袋を利用していたところ、その中にあった酵素と反応して知らずのうちにチーズが出来たとか・・・
先人の知恵ですね。

3.これを細かく砕きつつ、また熱するとチーズの塊が底にたまり始める。


4.塊は二つに分けて枠に入れる。


5.その日の内に定期的にひっくり返しては重石を乗せて脱水していく。
最後にParmigiano-Reggianoという文字と製造者の登録番号、生産年月が記された枠を入れ込み、次の日まで安置する。
類似品が出回るために、この文字には秘密の印字がしてあるとか。


6.翌朝、枠を外し金属枠に付け替え、計2日間、4時間毎にひっくり返す。
表又は裏面に丸い小さなシール(個別認識のため)を貼る。
これで生産者・製造年月・個別番号までが追跡可能という事になります。


7.飽和塩水(salamoia)のプールに19日間着けておく。
チーズに味を与え、長い塾生期間を迎えるに必要。


8.熟成庫(20℃)に安置すること1年。
その間、15日毎に表面を磨き、反転してまた安置、を繰り返す

この磨きの工程により表面が固くなるのです。
なので、決してワックスなどを塗ったのではなく、成分は中身と同じですから食べられるわけです。


9.1年目を迎えると協会の試験官がやってきてmartelettoと呼ばれる“たたき棒”を使ってたたきながら中に
空洞が出来ているかどうかを確認

確認してOKならば焼印を入れる。
(だめなものは横に筋を入れてB級品として出荷)


10.さらに1年程度熟成庫に安置し、ようやく出荷となる。

真中の焼印が協会の合格印、上の数字は生産者番号(ここは3030番)、
下の文字・数字は製造年月(2004年1月)。
そして側面いっぱいにPARMIGIANO-REGGIANOの印。


・・・とここまで説明してくれた社長はどうも最初っからゴホン、ゴホンと
咳を頻発していて辛そうでしたが、ついには脂汗までかく始末。
説明を聞きながらも私も申し訳ない気持ちで一杯でした。

それでも彼は息子に次の段取りまできっちりとぬかりないように指示して
おりました。
さすがに社長たるもの、大したものです。
その後、彼は自宅に戻り養生するとの事で、少しは安心したのですが・・・

後半は息子のNicola Bertinelli:ニコラ・ベルティネッリが近くにある
牛舎を案内してくれました。

続く。

イタリア買付道中記 2005 その4

前回は、パルミジャーノ・レッジャーノの生産工場内のお話でしたが、
今週はその飼料をどうやって作っているかについてです。

熱を出してダウンしてしまった父の代わりに息子のNicola Bertinelli:ニコラ・ベルティネッリが
近くにある牛舎を案内してくれました。


「良質のパルミジャーノを作るためだけの生乳を絞る事ができる環境」
をいつも考えている、という彼。
見渡す畑は山の上Medesano:メデザーノから麓の村境まで、有する広さは150ha。
良く見ると作っている飼料も異なっていました。


「牛乳を搾る前段階をいかに考えるかで出来具合が違うんだ!」
彼のレクチャーが始まりました。

・飼料に存在する“良い”バクテリアを最大限に、“悪い”バクテリアを最小限にするために、
・飼料の種類を選定し、畑に植える植物の割合や位置を考えて配置し耕作
・またそれが可能な気候条件が整う部分を厳選

していくと、そういう場所はほんの少ししか存在しないとの事。
また耕作人についても

・一日にとれる量を少なくし、直に目で見て良い条件の牧草を刈り取る
・土に近い部分は切り残し、悪いバクテリアがつかないように留意

しているそうです。

「これは即ち、1Kgのチーズに濃縮される18Kgの“良い”牛乳を取るためのルールなんだ!」

思い切り顔を近づけて息荒げに話す彼なのでした。
いわゆる食品のトレーサビリティなどという言葉以前に当然のこととして取り組んでいる、
何とも農業国としてのイタリアの側面を見たような気がしました。
思うに、イタリアは立派な農業国だなぁ・・・とつくづく。

続いて牛舎へ。
自然の風が良く通り、牛舎特有の匂いはほとんどありませんでした。


穏やかでゆったり流れる時間の中、ゆるりと暮らす牛達といった風情なのでした。
彼の説明より、

・牛は子供を産む前後60日以外は搾乳できる
・特に産んで50日後から100日まで位が最も良い乳を出すので、牛舎中央の天井が高く
風通しの良い所で青々とした餌を食べる
・産む前の牛はもりもりと餌を食べられるように量も多くする
・また産後の牛は、休息をとれる場所で日光にあたりビタミンDを吸収し、
柔らかく寝やすい(休みやすい)場所に移動する

餌とスペースをそれぞれに最善にとろうという考え方です。
牛達のストレスもかなり少ないように思われます。
餌の青々とした瑞々しさや柔らかさに驚きました。
もちろん全て植物性のみというのはパルミジャーノ用の飼料としての約束事。

餌を見ようとしゃがんでいると飼われていた犬がゴロゴロしてくるので
ついつい遊んでしまう私は写真を撮るのを忘れてしまいました。
穏やかなのでした。


自然環境を大切に科学していく、といったアプローチは、昨年の買い付けで見学した
プロシュット・ディ・パルマ(パルマ産生ハム)とも通ずるやり方で、これらを実現できる
場所が限られるのは至極当然であり、これがあっての「DOP(原産地保護名称)」
なんだなぁと実感さぜるを得ないのでした。

私はパルミジャーノを伝統的手法でカットする、という事を少しずつ始めたのですが、
この際に感じる自然との対峙、みたいなものは全てこれらモノ作りの姿勢から滲み出、
感じ得るものなのかもしれない、と強く思った貴重な経験でした。

ちょっと興奮気味に終了した見学を終え、食事に出かけました。
トラットリアで食べるひとり気ままな食事。
ゆっくりと食べる事の大切さを実感できるような、そんな一時。
なかなかにオツなものです。


食事を終え、部屋に戻り、ここはひとつ、と昼寝。
雨音で目を覚まし、シャワーを浴びて髭をそりました。

明日はミラノです。

続く。

イタリア買付道中記 2005 その5

ミラノに行く事にしました。
都会のミラノにセレクトされた品物の中に何か新たな発見があるかもしれないと
思っていたからです。


ホテルはインターネットで事前に予約していました。
なるべく駅の近くがいいだろうと地図も参照しながら決めていきました。
インターネットって便利です。

駅(地下鉄)至近で
お値段お手頃(一泊素泊まり39ユーロ!)
エアコンついて
冷蔵庫まであって
ベッドも固い(←これ大事)

さてさて、ちょっと観光気分も味わいたくなった私はDuomo:ドゥオモのある広場に向かいました。
この広場へ向かう途中に抜ける名所、Galleria Vittorio Emanuele Secondo:
ヴィットリーオ・エマヌエーレ2世のガッレリアと呼ばれるアーケードは、
その優れた意匠にうっとりする所ですが、そこを抜けて天の光を目にするときに
真っ先に飛び込んでくるのが壮大なゴシック建築のDuomo:ドゥオモの雄姿なのです。

新婚旅行で初めて訪れたイタリアの、一番記憶に残った場所のひとつです。
思わず「うおおおぉぉっっ!!」と口走ってしまったのはもう10年以上も
前の事になってしまいました。
以前はまさか自分が食材を輸入する事になるとは夢にも思っていません
でしたがとても懐かしい思い出です。

市内を歩き、都会らしい洒落たセンスのお店に幾つか気に入ったものが
あったのでこれをサンプルとして購入しました。
ディスプレイについてもいろいろと参考になりました。
将来、どこかで私自身の空間を持てたときにこの記憶が役に立つかも・・・
ちょっと風邪気味だったのでフルーツを買い込み、ホテルに戻りました。
歩き疲れ、汗もかいたのでシャワーを浴び、空調の効いた室内でリラックス
しながら書き物などしよう・・・そんな雰囲気でした。ところが・・・

『カギ』 が開かない・・・

何故かスーツケースの

『カギ』 が開かない・・・??

ちなみに、私のスーツケースは昨年の買い付け時に急遽イタリアで買ったもので、
高度な電子ロックなどではなく、3桁のダイヤルをクルクル回すダイヤル・ロック式です。
単純といえば単純ですが、といって999通りの数字を合わせなければ
本人以外は空けるのは難しいものです。・・・普通。


しかし、何故かスーツケースの

『カギ』 が開かない・・・??

さぁこれからシャワーでも浴びようかと思っていた矢先の事でした。
もうシャワーもへったくれもありませんでした。
外を歩いてきた汗と冷や汗が混じってちょっとパニックでした。
暗証番号の付近の数字をいくつか試すが・・・開かない。
強引にガチャガチャやっても・・・開かない。
いっその事カギごと壊してやろうか思ってもビクともしない。

・・・困りましたねぇ。。。
シャワーを浴びるつもりでサッサとスッポンポンになっていた私でしたが汗だくでした。
惨めでした。
しばらく考えて

「仕方ない。999通り、全部試せばそのうち開くさっ(泣汗)」

っと開き直り、001からスタートしたのでした。
泣きそうな気分でした、ホント。
様々な雑念を取り払いつつ、無心にダイヤルを正確に回しては開けてみる
という事を繰り返しました。

「そ、そのうち開くさっ!ラ・ラ・ラ・ラ~、ル・ル・ル・ル~」

・・・なんて鼻歌なんてやっぱり出ないのでした。

どの位時間が経ったでしょうか。
258番・・・位だったかで、

「カチャ。」

って開いたのです♪♪

「だああああああぁぁ(涙)」

・・・もう後は何にもする気になれませんでした。
それでけで疲れきってしまい、何とかシャワーだけ浴びたらぐったり。
何故、こんな事になったのかなんて考える気にもなりませんでした。

あ、日記なんて、そりゃあ書く気にもなれませんでした。
当然の事ながら・・・

続く。

イタリア買付道中記 2005 その6

フィレンツェへ移動しました。
ミラノからの距離は300Kmもあるので電車はユーロスターという特急に乗りました。


シチリアにはそういうハイカラな電車は走っていないので乗りなれてないし、
新幹線と同じようなスピードで飛ばす電車ですから、運賃も特急?!なんて
食わず嫌いの私だったのですが、意外や意外!結構リーズナブルで、
片道29ユーロ程度でしたから大体¥4,000位です。
すでにユーロ高の煽りで日本より物価が高く感じれられる事もしばしばの
イタリアですが、やっぱり電車は安い!

それでもって、乗った車両はエラク飛ばしていたのですが、カーブに指しかかると、

・“カクッ”っと傾いて(振り子みたいです)
・“スパァーッ”っと曲がる

んですねぇ。。。いやぁ面白い、オモシロイ!!
まるでバイクのコーナリングみたくワクワクなのでした。


フィレンツェでの予定はいつものように本を買い込む以外、知人と会って
食事する以外、特にこれといって決め事はしていませんでした。 

 

すでにこの時期(5月下旬)は30℃を超え、日差しもかなり強烈でしたので、
日中、無理して歩くのはあまり得策ではないようです。
そういえば、中世の趣一杯のフィレンツェでさえエアコンをむりやりつけている商店や
ホテル客室が増えたと思います。

そういえば、私が今回泊まったホテルは、

・腰が“くの字”に折れ曲がりそうなソフト極まりないベッド
・どう考えてもあとから強引につけたに違いないシャワーブース
・開けるのに“苦労とコツ”が必要な洋服たんすの扉
・差し込んだらPCが壊れるようなコンセント

だったにも関わらずエアコンだけはきっちり完備でしたから。

・・・思わず読み飛ばしそうですが、そうそう、大事なノートPCが
電源入れるや否や“ピー”という断末魔の声と共に“ただの黒い箱”に
変わり果ててしまったのです。


あああ、スーツケースは壊れるしPCは壊れるし・・・
かなりショックでしたが仕方がないとあきらめ、食事にでかけました。

知人が誘ってくれた場所はフィレンツェでは有名なCibreo:チブレオ
というリストランテでした。

 

予約で一杯だというのでウェイティング・バーでスプマンテ片手に時間を
過ごし、ゆっくりと始めた夕食は真夜中過ぎにその場を後にするという
ゆるゆるとした時間を楽しむかのような贅沢な瞬間でした。

日中に起こる様々な不具合や憤りの数々を
夜風を共にたっぷりと話をしながら取る美味のおかげで
浮き沈みの激しい一日を締めくくるという
イタリアならではの過ごし方だなぁと勝手に解釈しては
こういうところに惚れたのかもしれないと思い直す夕べでした。

続く。

イタリア買付道中記 2005 その7

今週はちょっと複雑です。 
フィレンツェに一泊した翌日、パルマへ舞い戻って一仕事した後、
夕刻の電車に乗ってミラノに向かい、最終の飛行機でシチリアに入る。

とまぁ、まるで日本で仕事をするみたいなタイトなスケジュールを組んでいました。
実はその翌日には飛行機のスト(アリタリア)が予定されていたので、
少ない買い付けの日数では何としても早々にシチリアに入る必要があったからなのでした。


これが全ての敗因だったのかもしれません。

17:39・・・に乗る予定の電車は、予定時刻の5分前になって90分遅れが判明
→ そのまま待ったとしてもミラノ発の飛行機に乗れない
→ 次に来る電車で“超特急”は無い
→ 電車で行く事を諦める

18:00頃 パルマ駅前のTAXIドライバーに掛け合い、間に合うか確認
→ Autostrada(高速)を飛ばせば間に合うが高いよ!の一声 
→ 軽く悩んでATMで250ユーロ!を下ろす(タクシー代)
→ ケチって電車のチケットはきっちり払い戻しする

18:20頃 張り切って高速に乗るも、すぐに渋滞の列が見える
→ ラジオで確認すると事故渋滞、10Km
→ このまま渋滞を抜けていくと飛行機に間に合わない
→ 一般道を走っても夕方のラッシュなので不確定との事
→ とにかく高速を降りる
→ アリタリアに電話して待ってもらえるか交渉する
→ NG
→ じゃあ、飛行金のチケットはキャンセルできるかと交渉
→ もめた結果、NG
→ とにかく仕方ないのでパルマに引き返す
→ 哀れに思ったドライバーが帰路の代金はタダにしてくれた

19:30頃 パルマの駅で夜行寝台をあたる
→ 翌日の飛行機ストの回避で全て満席
→ ただの夜行列車のチケットを買う
→ 出発は00:04

20:00頃 シチリア到着は翌日16:45と知る 約17時間の長旅
→ 日中の仕事で随分汗をかき、これまでの変更対応で疲れている上に、
長旅を想像してもっと疲れる
→ 駅のトイレにある洗面所で顔や髪を洗い、歯磨きしてみる
→ 自分が可愛そうな気分に陥る
→ 手元に残った250ユーロ(4万円位)が気になる
→ 手持ち鞄の置くにしまって鞄はきっちりカギをしめる

00:04 夜行列車がほぼ時刻通りに到着
→ 想像通り満席・・・というか座る席すらない
→ コンパートメント(1室6人掛)横の廊下で鞄に腰掛ける
→ 同駅から乗り合わせ同じ境遇だったおっさんと苦笑いする


02:00頃 偶然、目の前のコンパートメントから4人降りる
→ おっさんと二人、ダッシュで入る
→ 鞄を足元に置き、コンパートメントの扉を閉め電気を消す
→ 良かったねぇと喜び合い、いつの間にか眠る

 

05:30頃 明るくなり、目が覚める
→ 足元の鞄はきちんと足元にあったので安心する
→ カギはきちんとかかっているけどなぜか捻じ曲がっていた
→ 中のものは特に無くなってはおらず、財布もある

 

06:21 ローマに到着 ここで次の電車に乗り換え
→ 駅構内の有料トイレに向かう
→ 財布から小銭を出そうと取り出すと・・・

「無い!! 札が無あぃい!! 250ユーロが無い!!無い!!
小銭とTAXIの領収書、カード類は全てあるのに札だけ無い!!」

とにかくトイレに入るだけの小銭程度はあったのでトイレに入り、中を確認する。
パスポートもあるし、他の書類もある。
別の袋にいれた帰りの飛行機のチケットもあるし、日本円が入った封筒もあった・・・・

がっ、

「封筒の中の日本円の札だけ無い!!札が無あぁい!!無い!!」

や、やられてしまった・・・(涙目&滝汗)

あまりの完璧さに茫然自失とはこの事かと思いました。
とにかくカードも残っていたとはいえ、スキミング等の可能性もあるわけなので、
早速ブロックするべくアチコチ手配。

携帯電話の残り金額はどんどん減るし、チャージするにも手元には
小銭(3,4ユーロ位)しかないので朝食すらままならない状態でした。

スーツケースの方には別にお金を分けて入れておいたのですが、
そんな事を思い出す余裕もなく、軽いパニックになっていた私は
ひどくまいってしまっていたのです。

「さぁっすがぁ!イタリア人はやるなぁ~!」

などと余裕で笑えるような状態ではありませんでした。

そう、余裕がないようなタイムスケジュールを組み、加えて旅の
中盤での疲れを考慮するような余裕もなかった工程で動いた結果、
急な段取り替えをせざるを得ないように追い込んだのはまぎれもなく
自分自身だったのです。

心身ともに疲れがたまった状態ではスキも出るというものです。
気を取り直さないといけないと思い、とにかく水だけは買いました。
1時間後のローマ発カターニア行きの普通列車に飛び乗り、
フィリッポに電話しました。
開口一発、 

「チャオ、フィリッポ。お金貸して!訳はゆっくり説明するから。 」

続く。 

イタリア買付道中記 2005 その8

「チャオ、フィリッポ。お金貸して!訳はゆっくり説明するから。」 

そう言ってローマの駅から乗ったIC(インテルシティ:特急)はシチリアのカターニアまでの間、
割合とこまめに停車していきました。
まさかこんなにも(予定時間計、17時間!)電車に乗るなんて考えもしなかった予定外の旅になりました。

・ラツィオ州 ローマを離れて丘陵地帯をゆるゆると進み抜け、
・カンパーニア州 世界遺産として有名なカゼルタの王宮が駅前にあって驚き、
ナポリの駅に着いた頃は2時間遅れでサレルノ辺りから海辺に近づき美しい海岸線を垣間見て、
・バジリカータ州 あらら?というほどあっという間に通り抜け、
・カラブリア州 ずっと海岸線をひた走り、

穏やかな鉄道の旅を楽しむ・・・ように心がけつつ、鞄をしっかり肌身離さずやっぱり緊張しながら
残り少ないペットボトルの水をチビチビ飲みながらすごしていた、という感じでした。

いよいよメッシーナ海峡が近づきました。
この海峡を渡ってシチリアに入ります。
ご存知の方も多いかと思いますが、日本の明石海峡と同じくらいの距離のこの海峡の連絡は、
全て連絡船により行われます。
列車とて例外ではなく、そのまんま連絡船に乗せて渡してしまうのです。

実のところ、シチリアで暮らしていた頃から今日まで、その姿を見た事がありませんでした。
というのはいつも夜行列車に乗って行き来していたのでここを通る頃は
いつも夜中や夜明け前で“真っ暗”だったからなのです。

そんな意味で、連絡船の中に列車が格納されているのを見るのは今回が初めてでした。
いよいよ海峡を渡り始め、列車が格納されてしまうと、ほんの短い時間ながら、
船の甲板にあがる事が出来る・・・そうです。
が、やっぱり、スーツケースを車内に置いたままで外に出る事など、その時の私には
恐ろしくて出来るはずもなく、残念ながら残る事にしました。
ま、入り口から降りて“直ぐに”写真を撮って“直ぐに”戻る・・・という情けない事は試してはみましたけれど(^^;


事の次第を同じコンパートメントに乗り合わせていた人達に話していたので、
哀れと思ってくれたのか、連絡船内にあったBarでエスプレッソを買ってきてくれました。

「ま、これでも飲めよ。くよくよしなさんな!」

って感じでしょうね。
砂糖を思い切りいれて飲みましたとも!
美味しかったなぁ・・・しみじみ。

シチリアに入り、タオルミーナを過ぎるとカターニアまであと少し。
海岸線を走りつつ垣間見る車窓の外にはFico d'India:インドのイチジクが成っているのが見えました。

「ああ、帰ってきた。ここまで来れば何とかなる。」

そんな風に思えて元気が出てきました。 

続く。

イタリア買付道中記 2005 その9

シチリアで出迎えてくれたのはトマトのフィリッポでした。

「お金盗まれたんだってなぁ(笑)クックックッ(大笑)」

新手の挨拶で笑い飛ばされて、何だか気が晴れたような・・・

スーツケースをトランクに放り込んで早々に彼の工房へ行きました。
2年越しに話を進めていた商品が出来ていたからです。

ドライトマトで始めたピアッティですから、トマトについてはやっぱりこだわりがあります。
そんなわけで、行くとこまで行ってみよう、という意思の元、彼を口説いていたのでした。
まるでトマトの味噌のようなシロモノです。

現在のシチリアでも若い人たちはもうその存在を知らないそうです。
時代の流れ、効率・・・とは対極に位置するようなものですから次第にすたれていったそうです。
とはいえ、それが良いものであればまた評価されるべきだと思っている店長としては
見過ごせないところでした。

タイプの違う2種類を目前にしての彼との1対1の試食の場です。
香りを嗅いではひと言、
ちょっと舐めてみてはひと言、
メモを取りつつ、感想を述べては、彼の説明を聞いて、またこれを書く。

 

そんな緊張を繰り返しての対峙は知力・体力の消耗が激しいのですが、
この緊張感こそが醍醐味です。
結果、2種類ともオーダーする事にしました。
実際に晴れてお披露目できるまではもう2ヶ月ほどかかりそうですので、楽しみにしていてくださいね!

夕食はエトナ山の麓の村、Nicolosi:ニコロースィという所にレストランが出来ているというので出向きました。
ここから友人宅がある村、Belpasso:ベルパッソが近いというのも理由のひとつでしたが、
何だか面白そうな雰囲気を醸し出している店でした。

古いCantina:カンティーナ(ワインの貯蔵庫)を改装したインテリアは、
Restauro:レスタウロ(修復)技術の高い、イタリアらしいセンスに満ち溢れていました。
Nicolosi:ニコロースィという村はエトナ山麓の別荘地であり、
リッチな方々が多いのだそうです。

あちこちにスノッブの雰囲気が漂い・・・
あらら、何だか退廃のムード?
あれれ、アバンギャルドな格好の客層?!
おっと、ビシバシ決めたカメリエーレは何だか話し口調が・・・

「おい、フィリッポ!どうよ、このレストラン!」
「(笑)・・・なぁ。」

シチリアにこんな感じのレストランがあったなんて、と驚きつつ、
でも長旅と諸々の疲れがたまっていた私はそうそうに切り上げを嘆願し
友人宅に向かいました。

「Ciao,Koji come stai?」

友人宅では家族で出迎えてくれました。

「いやぁ、大変だったんだって?」
「ひどい顔してるじゃないか、疲れただろう」
「早く寝ないといけないな」
「ここは安全だからゆっくりとしなさい」
「ところで、どんな事があったんだ?」
「へぇ~、それでそれで??」
・・・というような会話を延々とする羽目になったのでした。 

続く。

イタリア買付道中記 2005 その10

Sciacca:シャッカという街へ行きました。 

ある生産者と会うためでした。
Vincenzo:ヴィンチェンツォという男はオリーブオイルの生産者です。


彼のつくるエクストラヴァージン・オリーブオイルは既にサンプルとして試していて、
気にもいっていたので一度ちゃんと会って話してみたかったのです。

Biancolilla:ビアンコリッラ
Cerasuola:チェラスオーラ
Nocellara del Belice:ノチェッラーラ・デル・ベーリチェ

という3種類のオリーブの実を絞ったこのオリーブオイルは、シチリアの西部では
割合と良く見られるタイプで、やさしい香りとバランスがいい感じです。
魚介や野菜を使った料理に愛称がいいので、ピアッティのレシピをうまく使って
もらえるような商品としてピッタリです。

会って話してみると“押しの強い、ちょっと難しい”感じの男でしたが、
きちんと話を聞き丁寧にテイスティングをしながら話をしていくと
次第に打ち解けはじめてくれました。
このあたりはまさに職人との対峙そのものです。
洋の東西を問わず、こうしたピリピリとしたやり取りの中では今までの自分が
試されるのでごまかしが効かず、自身の至らない部分も露になりますが、
だからこそ感じられる醍醐味があり、何ともいえないスリルがあります。

私は気に入りました。
これを始めようと思いました。
ボトルは陶器の可愛いタイプなどもありましたが、まずはシンプルな形で
光からオイルを守ってくれる、色の濃いものをチョイスする事にしました。



少しの時間でしたが、やっぱり気力・体力とも相当に消費してしまい
グッタリ気味でどこかでゆっくりとしたいところでしたが、その先の予定もあったので、
後ろ髪を引かれつつも彼の元を後にしました。

そうそう、彼のオリーブオイルで漬けたアンチョビも発見。
時間がなかったので持ち帰ってからの試食となりますが 何だか旨そうな予感。
ご存知の方も多いかと思いますが、シャッカという街はアンチョビのメッカとして有名なのです。
帰国後の楽しみ&アンチョビの輸入開始を期待です。

シチリアの南西、アラブの文化が色濃く残る街、シャッカでは優雅にもTherme:テルメ(温泉)が
現在では有名なのだそうです。
いつも優雅な事の全く無い(苦笑)買い付けの旅ですが、いつかは優雅な時間を過ごしてみたいものです。

途中、入った定食屋の感が色濃い食堂で、“海の幸パスタ”を頼んだら何気にこれが美味で驚きました。
ごまかしの無い、自然の強い味を感じつつ、冷えた白ワインをクイッと飲ってゴキゲン復活!

昼時を少し過ぎた頃、立ち入る食堂。
少し薄暗く、少しひんやりした店内にすわる店主。
素っ気無いが割合テキパキ働くカメリエーレとのやりとりで決める食事。
それほど写真栄えしない素朴な食事。
この中に時折見出す、驚くほどの美味。
自然の力強さ。
シチリアにはまってしまった一つの要因でもあります。 

続く。 

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