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イタリア買付道中記 2004

イタリア買付道中記 2004 その1

2004年6月13日

買い付けといえば、これで2回目になるわけです。
初めての買い付けは、本当に訪ねる当ても殆ど無いままの手探りの旅。
今回は、既に取引している生産者への訪問と、新たな食材探しの旅。
となると、今回の方が楽勝!
と思いたいのですが、どうやら。。。
1ヶ月位前から頻繁にメールしますが。。。
返事が無い、遅い

「これじゃあ航空券予約できないじゃないかっ!!」

とばかりに怒ると

「随分とご返事が遅れて申し訳ございません(言い訳により中略)・・・でも、まだ1ヶ月ほど先だし(^^;」

日本は何でも予約するのが大変なんです。
っていちいち説明するのもなんだしなぁ。。。とか思ったのが甘かったか!
ようやくキャンセル待ちをクリアして入手した格安航空券(涙)!
今度は訪問先を大体決めて、移動手段なんかを考えてメール&FAX&電話。

「喜んでお待ちしてますよ^^!お会いできるのが楽しみです!
ホテル等もいろいろ知ってますからどうぞ仰ってくださいね!」

なーーーーんて色よい返事に気を良くして
・予め聞きたい内容等を箇条書きにして
・ホテルの仕様・グレードなんかをリクエストして
メールを送ったは良いけれど、返事が無い、遅い!

「もー!ホント大丈夫かね????」

と電話すると、

「大丈夫、大丈夫、全然心配要らないから、じゃ、待ってるよ!ガチャ」

って・・・


かくして未だにシチリアでのホテルは一軒も予約すら出来ていない状況のまま出発する羽目になりそうです。
(金曜の夜時点)
相手方の予定を聞いてから、と思っていたのが甘かったか!

「いざとなったら、何とかなるさっっつ!」

っとは思ってはいるのです、基本的に。
でも、 “いざとなりっ放し”っていうのはいかがなものかと。
次回はイタリアからの予定です。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その2

「面と向かって生産者と話す」 

シチリアでの旅はこのひと言につきるといって過言ではないっ!
とにもかくにも今の私には一番大切な事だと考えていました。

・自分の味覚を試食を通じて分かってもらう
・今までに寄せられた沢山の“お客様の声”を伝える
・どんな風に商品が売れているかを知らせる...ecc

といった自分のスタイルや環境などを伝えることで、彼らにインターネットで仕事をする
私の“実像”を実感してもらい信頼してもらう必要がありました。

また、逆に彼らの“生の声”を聞き、感じる事で、メールやFAXや電話で連ねた言葉の真意を
探りたかったのも事実です。

お互いに歩み寄って分かり合おうとする雑談の中に、

・将来につながる何かがきっとあるに違いない
・新しい生産者や商品との出会いも生まれるに違いない

と思っていたのです。

思いを伝え、思いを知るという部分では、それはまるで遠い昔の恋のよう(^^;
緊張しまくりまくりなわけです、はい。

全工程3週間の旅のうち、後半2週間をシチリアだけにあてました。
前半1週間はといえば、パルマに行く事にしたのでした。

「EU(ヨーロッパ共同体、ヨーロッパ連合)で食の中心として他をリードしていこうとするパルマで、
“一流”といわれる企業は何を考えているの?」

という事を自分なりに見てみたかったのです。

いつもお世話になっている“食文化研究家の北村光世先生”の主催であり、
また、パルマ商工会議所が全面的にバックアップする企業訪問ツアーに
参加させて いただく事になったのです。

私はひとりのインポーター(輸入者)として参加するわけですが、
といってもそんな大きな会社とポンと取引できるような力があるわけではありませんので、
ちょっと心苦しい部分があったのですが、

「莫大な財力を持つ大企業が、送り出そうとする製品のどこに注意を払ってコストをかけようとしてるのか」

というのを垣間見る事なんて、そうそう無いチャンスですもの!
ここはひとつ、ドーンと行ってみようと思ったのです。
洗練された部分があるからこそ、世の多くの人に受け入れられたという事実もあると思っています。
ビジネスとしてきちんと成立するための何らかのヒントがそれらの“一流”から感じ取れればイイなぁと
思っていたのです。

私が取引する生産者は皆、

「小さくて、天然で、自然で、手作業で、少量で、高いけれど、味はバツグン」

みたいなところがありますので、それに対して最大限に敬意を払って
仕事をしていこうというのが私のスタンスです。が、

大企業の持つ、ビジネスとして洗練されている部分を持って対峙できるような
バランス感覚を持っていないと、せっかくの良さを的確に表現できない
のではないか?とも思ってます。

約3週間の旅は、それなりに思う事あっての旅でした。
随分と長く書いてしまったのには、それ相応の緊張感が伴っていたからでした。

1年前、ピアッティをスタートさせるべく旅立った頃の緊張感と恐怖感。
そして今年は次へのステップを踏み出すための緊張感と恐怖感。

あまりの緊張感に体がこわばる気がしていましたが、

・立寄るレストランには美味しい食べ物、ワイン
・梅雨時の湿気を忘れさせるであろう、乾いた空気
・ぬけるように爽やか(であってほしい)、青い空
・決して期待していないけれど起こってしまうアクシデント

がどんどんと私を新しい世界に引きずり込んでくれるでしょう。
緊張している場合ではなくなるに違いないと。
2度目の旅がはじまりました。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その3

「じゃ、パルマで直接お会いしましょう。」 

といって日本を出発したのでした。

最初の1週間はパルマ商工会議所が用意してくれたホテルに泊まることがわかっていたので、
参加する各々が自分の足で現地へ向かえば良いのでした。

この幸運な出来事について少し。

・いつもお世話になっている北村光世先生がパルマを拠点に活動されている事
・パルマがEUの食の中心として進み出した事

などがあって、北村先生のお声がけのもと、パルマ商工会議所がパルマの食品をめぐるツアーを
セッティングしてくれたので、いろいろと今後のために勉強になると思い、参加させて頂く事にしました。

で、ローマに降り立った私は、
前日にローマ入りしていたシェフのM氏と待ち合せ、
現地で使うための携帯電話をローマっ子のシモーナから受けとり、
サッサと用件をすませて、
チャッと電車に乗って、
シューっとパルマにたどり着き、
ゆっくりとシャワーを浴びて、

「ごきげんよう^^!」という素晴らしいスタートをする予定でした。

がっ、 携帯電話を受け取ったはいいけれど、
使い方がいまいちのみこめず、
おかげで電車に乗り遅れ、
せっかくだからと途中の駅にあたるフィレンツェで食事でもしていこうとのんびりフィレンツェで食事を楽しみ、



いい気になって本屋で長居などしてみては予定の時刻を少しオーバーし、
あせって走って辿り着いた駅では何故か予定の電車が無く、
代わりの電車に飛び乗ったはいいけれど、なんだか見たような駅ばかりを通り過ぎ、
1時間ほど過ぎてあせり出し、
となりのおっさんに聞いてみると何とローマへ逆戻り!
あわてて降りた駅は聞いたことも無く、


「やっちゃった。。。」

と反省しつつ、
どうにかフィレンツェまで戻ったものの乗り継ぎの切符を買ってる時間が無い!
またまたあせってジダンダふみつつ、何とかぎりぎりセーフで切符を手に入れたと思ったら、
予定の列車はしっかり遅れていたりして、予期せず高級ユーロスターなんかに乗るはめになり、
どうにかパルマに着いた時はさすがのイタリアでも外は真っ暗。

スーツケースをごろごろするのに疲れた頃にどうにかホテルに辿り着くと、
ツアー参加者や北村先生、商工会議所の面々はすでに食事を終えており、
開口一発、 

「どうも、遅れてスイマセン」

いきなりやってしまったようです。。。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その4

今回の旅では、前回の買い付けで苦労した部分を少しでも改善しようという壮大な試みが
随所にちりばめられています。
っというほどでもありませんが(^^;

携帯電話を買いました。

日本の携帯電話も現地で使えますが、現地で話す分にはやっぱり現地の携帯電話を使ったほうが
電話料金が安くて済みます。 
っと言っては見たものの本体価格が結構高くて、私の場合、安いのを買ったつもりですが
それでも100ユーロ位しましたので立派なお値段です。


この価格の差を埋めるほど電話するのか?
という素朴な疑問に答えられるほど考えて買ったわけでもないです(笑) 
って言うか、

・ 現地でころころ変わっていく(だろう)予定に対して、
連絡をとるのに公衆電話を探し回るのがいやだったから。

あるいは、

・ 去年の5月1日(プリモ・マッジョ)にカターニアの駅の公衆電話で
10分おきに応答の無い番号にかけるのが虚しかったから。

というのが本音だったりします。 

で、ローマっ子のシモーナに頼んで先に買ってもらい、
登録をして電話番号をもらうところまでやってもらいました。 

「どこの電話会社でどの料金プランにする?」 って聞かれても 、
「?????。。。まぁとにかく何でもいいよ」 というしかないわけですが、結構まじめな彼女は 、
「いろいろあるわよ~!お得なやつにしないとねぇ!」
「。。。まぁとにかく何でもいいよ(^^;」 と繰り返す私。
国が違っても似たようなやりとりがあるもんです。

で、とにかく手に入れて電話がかけられる事になって喜んだはいいけれど、
5ユーロ分しかかけられませんでした。
700円程度ですから、すぐなくなってしまうわけです。

イタリアではスクラッチカードのようなプリペイドカードを買って、
問い合わせ先番号に電話して、
音声応答に対して(1とか2とか押します) 削って出てきた番号を打ち込むと、
カード分の金額がチャージされる仕組です。 
このカードを“ricarica:リ・カリカ”といいます。 

こっれがまた!

25ユーロ分買っても手数料が5ユーロも取られて、実際にかけれらるのは
20ユーロ分になってしまいます。
5ユーロっていえば700円位ですからオドロキですねぇ。。。
ちゃっかりビジネスです。


で、

こっれがまた!

結構早く無くなるんです。
どう考えても公衆電話よりも料金が高いようですが、
これはいわゆる料金プランによるのでしょうから何とも言えません。。。 
っというわけであっというまに無くなるので、これをチャージしないといけない訳です。
すぐに。で、

こっれがまた!

応答メッセージが何言ってんだかさっぱりワカラナイという始末。
私の個人的な語学力の問題といってしまえばそれまでですが、
“リ・カリカ”という言葉が名詞だったり動詞だったりするのか、
私にはこの応答メッセージが、まるで、

「リ・カリカを使ってリ・カリカして下さい。リ・カリカするためには
○×△に電話するとリ・カリカ用の番号がありますから、
これを押してリ・カリカするとリ・カリカできます。グラッツェ。」 

という風に解析されています。(いえいえ、想像ですが) 
で、

こっれがまた!

喋る言葉が早いので、 

「リカリカリカリカリカリカリカリカリカリ・・・・グラッツェ。」

って聞こえてしまって、何をカリカリ言ってんだか?!って感じなわけです(^^;
いったん耳につくとまじめに聞こうという姿勢が無くなってしまい、ある意味、
不可思議な世界に飛び込んだようなものです。 

とにかく、良くはわかりませんがなんだか言っているので、
“1” とか押して、 “スクラッチして出てきた16桁だかの番号”を打ち込むと
どうにかチャージされたようです。

まぁ、私にしてみれば短期間の滞在で話す道具として機能してくれればそれでいいので、
この先に理解が進むことはおそらく無いかと思っているのです。

一度、やってみてください。機会があればですが・・・
カリカリ、言ってますから。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その5

Prosciutto di Parma:パルマ産生ハム 

をご存知の方も多いと思います。
美味しいですもん。

行ってきました、生ハム工場!

パルマの中でも、美味しい生ハムをつくるのに大切な風、良い風が得られる場所として選ばれた場所に
その工場はありました。

私たちが乗ったバスの車窓から見える景色は平地からどんどん山岳へと移り変わり、 
乗り合わせた私たちの顔色は昂揚した赤から車酔い(道くねくねだし)の青へと移り変わり、
時間も気分もそろそろ。。。という頃にようやく辿り着いたのです。 

「いっやぁ~、こんな山ん中まで来なくっても途中の平地に沢山あったのになぁ~」 

とちょっと腰が引け気味のスタートでした。それに・・・

「期待の“生ハム試食”を目の前にして車酔いの為に断念なんて事になったりしないかなぁ~」 

という、かなり人間の欲求に素直に従ったりしていたのです。

でも、“山の中腹に沿って流れる風に直角に振られた建物の配置”や
“取り込む風の量を調整しやすく考慮された縦長の窓”を見て、
自然の恩恵を最大限に生かそうとする姿勢が感じられます。

聞けば、最近建てられたそうです。

 ←ずらりと生ハム

とても清潔に保たれた工場は、その床のきれいさ加減で一目瞭然!
一通り、生ハムの工程を見学する事が出来ました。
とても興味深く、メモを取りつつ、写真に収めるのも一苦労。

製造過程でとても重要な塩については、
“塩振り続けて30年!”の職人さんが手作業でやってました。

 ←若い頃からひたすら塩を振る職人さん

 ←塩はシチリアの海塩でした

 ←熟成最終段階の手前でラルド塗り(手作業)

機械でコントロールするところ、人間の手でないと出来ないところ、
それぞれの長所についてきっちり考え、資本の注入部分を決めていくといったところでしょうか。
建てられた建物も、結局は使うのが人間なんだという事実をわかって建てているような気がしましたが、
それをわかるにはもう少し時間がかかりそうでした。

食べ物ですから、出来たものを食べてみれば、なんだかんだいってもそれが一番^^!

で、至極の試食タイムと相成りまして、席についたわけです。
まぁ、パルマですから、当たり前のようにパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの新鮮なやつも
ついでのように目の前にあり、ワインも然り(おおぉっ!)

で、生ハムはというと。。。

わんこ蕎麦ってご存知ですか?って今更聞くほどの事はないですが、
では、わんこ“生ハム”って聞いた事ありますか?ってそんなもん無いですが・・・

目の前で薄くスライスした生ハムが
食べても食べてもドンドン出てくる! 

「もっと食べる?」
「いやぁお腹一杯」
「まぁ食べなょ!」
「そ、そう?、じゃぁ!」
「ほれっ、!」
「ひょい、パクッ!」

※7回繰り返し 「まぁ、これで太るなら本望よっ!」という事で、欲望に身を任せたのでした。

 ←見学していた時はこの位神聖な気持ちでした

続く。

イタリア買付道中記 2004 その6

KONNICHIWA 

“ こんにちは”と題されたこの催しは、食文化を通じて日本とイタリアの文化交流を図ろうと
尽力されている北村光世先生の活動のひとつです。

北村先生のこの活動についてのサイトはコチラです。
http://www.mitsuyokitamura.com/parma.html

 →パルマ商工会議所でのプレス発表

 ←地元紙GAZETTA DI PARMAで紹介されました

今回のパルマツアーの最後、2日間に予定された内容は、

・日本の食材を持ち込んで作ったお料理
・刺身や寿司の作り方の実演
・着物の着付け実演
・お茶作法の紹介
・日本酒利き酒
・習字(希望の言葉や名前を日本語で書く)
・整体
・フリーマーケット・・・等々盛りだくさんです。

で、私はというと

・お料理のグループで初日50人分、2日目100人分の弁当を作る!
・習字の先生?!となり日本語を書きまくる!

という命題が課せられておりましたので、“そりゃぁ「力」入りまくり!” だったわけですが、
料理のグループは2人シェフがいたので私なんぞは

・お米をひたすら何Kgも研ぐ、研ぐ、研ぐ。だとか
・茹がいた麺(焼きそば、そうめん)の粗熱を冷水で取る、取る、取る。

等、料理に本格的に参加する事もモチロンたくさんあったわけですが、

・いろんな食材を保管している場所が別だったり、
・イタリア側の担当者との連絡が取れる場所がまちまちだったりなんかして、

「醤油がないぞー!」とか
「ガスボンベの調子が悪いぞー!」とか
「焼き鳥の串がたりないっ!」とか
「酢はどこだぁーーー!」とか言われるたびに私は走ったのです。

しかも “会場は風がびゅーびゅう吹きすさぶ屋外” だったので、
火が消えないようにするのに一苦労だったりして、アチコチ走って“板”を持ってきては取り付けたりと、
かつての “現場監督だった時代の経験と知識を総動員” させて対処にあたったわけです。


がっ!
苦労して“手作りキッチン^^!”を構築していったにも関わらず

「そんな風にして(火の周りを)囲ったら危ないじゃないか。・・・・(中略)別の場所でやるように!
はい、アッチ行って!」

とアッサリ強制移動された場所は、ものの20メートル離れた近所にあるコンテナ型の立派な厨房施設でした・・・?! 

「んなっ、最初っから言わんかいっ!!!」

という非常にイタリア的な回り道もありましたが、皆で懸命にスパートをかけたお陰でどうにかお料理も間に合って、
来てくださったパルマのお客様に出す事ができました。
メニューとしては、

・インゲンのゴマ和え 
・焼き鳥 
・串カツ
・焼きそば(又はそうめん)
・酢飯のおにぎり
・細巻き
・浅漬け
・団子(みたらし&つぶあん) 
・おかき、豆菓子
・お茶又はお酒

といった具合です。


食にうるさいパルマのお客様も驚いたようで、喜んで食べてもらえました。(ほとんど完食^^!)

まぁ、パシリ甲斐もあったというわけです(笑) 

さぁ、来週からシチリアへ突入です!

続く。

イタリア買付道中記 2004 その7

「パルマからシチリア(カターニア)までどうやって行くんだっけ?お金ないし、電車で行こうっかなぁ~(^^;」 

という陽気な考えは、

・16時間も電車に乗り続け
・結局はお金と体力と時間を消費する

というビジネスにあるまじき計画であるという反省の下に立ち、あえなく却下する事になってしまいました。
結局、

・ミラノまで電車で北上し
・国内線でカターニアまで飛ぶ

というルートを取ることになったのですが、正規料金で国内線に“ひゅっと”乗るための代償に、何と! 
240ユーロ!(約33,000円!)も払う羽目になったのです!

「そんな事なら最初から“アリタリア航空の直行便+国内1フライト付”の方が
安くて早くて快適だったに違いない、いやそうだ、そうに違いない。。。」 

とみっともなく、結構ウジウジしたりなどしていましたが、そこは

「ビジネスだから、僕は時間を買ったんだよ。」 

という、それっぽい理屈で平静を装う事にしたのでした(^^;
まぁ、シチリアの2週間を一軒のホテル予約も出来ずに来ること自体、
ビジネスマンとしていかがなものか?という見解はありますが。 

「シチリアでは生産者とバシバシ話をしてやるぞっ!」 

という気合だけで来たようなもんです、はい。
でもお陰でミラノに行く用事ができたので、友人と逢う事にしました。

 ←久しぶりのミラノの駅。いいですねぇ、この駅。

フライトまでの少しの時間を食事にあてたのです。
建築家の友人は、運河沿いにある昔からの洗濯場の一角に面した素敵なリストランテに連れて行ってくれました^^!
ゆったりと贅沢に食事をする事が出来て私は幸せでした。

  ←そりゃあ抜群です

なので

・ミラノ・リナーテ空港までのバスが一本くらい来なくっても
・空港では対テロのセキュリティ・コントロールで1時間待たされても
・ついでに飛行機のフライトが大幅に遅れても

全然、平気でした(^^; 
でも、

・カターニア空港についても誰も出迎えがなく
・あちこちにケータイでかけまくっても皆して話し中

だったりなんかすると、早くも不安になってしまい、ようやくフィリッポ達が迎えにきてくれたのは良いけれど、
今晩の宿泊をどうしようかとあれこれ話しているって・・・ 

「えええぇぇ、今から決めんの?」

「まぁ大丈夫だから、心配しなさんな^^!」

っておいおい(^^; 「・・・あぁ、やっぱりシチリアに来たんだ。。。(^^;」


と妙に納得してしまったり。
最終的に決まった予定は、とりあえず今夜は彼らの友人宅に泊めてもらおうという事だけでした。
あら?明日の予定は?・・・(^^;

「ま、彼らの言うようにしよう!明日の事はまた明日^^!
今日の事だけ全力投球しよう!・・・というかするしかない・・わなぁ。」

こうして私は自分の頭の中で計画を練ることを放棄してしまいました。
日本から作ってきた“行動予定表”は結局“行動結果記録表”になるかもしれないなぁと予感したのです。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その8

Filippo FINOCCHIARO:フィリッポ・フィノッキアーロ

という男と初めて会って話すことが出来る。
今回の旅の一大イベントでした。

エトナ山の麓、Paterno':パテルノ村に彼の会社があります。
Solo Sole:ソロ・ソーレ(“太陽だけ”の意)というブランドを展開する彼の会社、 
Solo Sole di Russo Santina:ソロ・ソーレ・ディ・ルッソ・サンティーナは
ピアッティの看板商品“シチリア産ドライトマト”の会社なんです!

ピアッティをスタートするにあたって、ホント、ドキドキしながら彼にラブレターのようなFAXを送ったのが
始まりでした。
このドライトマトを輸入できるかどうかで、私がシチリアの食材を扱う“心構え”が出来ると考えていたからです。 

もう、嫌になるほどの試食を繰り返してきた中で出会った“本当に良い素材”だからこそ、
個人事業主といえど一歩も引かずにいられたと思っています。
起業してからまだ1年ですが、もう何度もくり返し輸入をし、沢山のお客様にリピートしていただく事が
出来ているありがたい商品です。

「ちょうど、今トマトの天日干しをする時期に入ったから来る?」 

なんていう事前情報がありましたから、そりゃあもう喜び勇んで行きましたとも! 

前日に宿泊していた友人宅から車で5分という場所に待ち合わせのBarがありました。
ほどなく現れた彼は、

・サングラスの感じがなんだかちょっと強面で
・白いシャツのボタンが3つほど外れてたりなんかして
・プレスリーばりに胸毛がほこらしく
・プレスリーもビックリのシャツの袖の長さ!
・で、エライ早口(泣)
・で、手もデカイ(驚)


ちょっと圧倒されましたが、Barの中で外したサングラスの奥に見えた、

・えらく垂れ下がったような優しい目をして
・Caffe'にどっさり砂糖を入れて
・美味そうに飲んでいる

のを見ると少し安心したりなど(^^; 

車に乗ってほどなくすると“現場”に辿り着きました。

「うああぁ~!」 


と目前に広がるトマト、トマト、トマト!
既に暑いシチリアの陽の下、天日干しの風景は

・ホコリが立たないように足元にはエトナの火山を利用したジャリが敷かれ
・トマトが入っていたコンテナを足代わりにして作業台を1m程度に設置し
・天日干し工程の違いによって、様々な状態のトマトが見受けられますが
・遠めに見ると、真っ赤っかっかっか!

という感じでした^^! 

これだけでも、来た甲斐があると思えるほどでしたが、今回はこの大切な生産者に自分の思い、
自分の味覚、お客さんの感想などを面と向かって伝えるという重大な任務があったのです。 

がっ、

・とっても早口で
・かなり熱弁をふるう

彼なので、例えば

「あのトマトって手で半分にしてるんだね!」

「そうなんだよ!8年程前に一度機械を買ってみたんだけど、結局手にはかなわなかったんだ。
それでなぁ・・○×▲※○@▲△●☆(加速)」

「ちょ、ちょっと話すの早すぎ(^^;、もうちょっとゆっくり頼むよ(^^;」

「そか?それでなぁ、○×だし、▲※○@だから▲☆○して・・・(加速)」 

「ちょ、ちょっと(^^;」

「Koji、ゆっくり話すってのは難しいなぁ、俺には」 

「わ、わかった、じゃあ次の話題に行くよ。トマトと塩についてだけど・・・
(身振・手振&メモ帳スケッチ&回り道のイタリア語)だろ?」

「それはなぁ、○×だし、▲※○@だから▲☆○して・・・(加速)」 

「・・・ぅぅ、ワカラン!も一回!」

「だから、塩と太陽の光の両方の殺菌効果が▲☆○して・・・(加速)」

というようなやり取りを繰り返す事になるのです。
こんな機会はめったにないわけで、トマトを目の前にしてああでもない、こうでもない、とやったわけです。

わからなかったら、わかるまでやればいいわけです。
そこから見えるものも多いはず。
会って直接伝えることの大切さを、ひしひしと感じながら今回の旅が本格的に始まったような気がしました。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その9

ドライトマトの生産者、フィリッポ。

彼は何と私と同い年(38歳)でした。
この会社の創始者である親父さんから引き継ぎ、ドライトマトを中心とした事業を展開し、
広め、深く掘り下げる事に力を注いでいるんだと力説しておりました。

たしかに、私のもとには随分と彼から新商品のサンプルが送ってきています。
毎回、コメントをつけて返事するのも結構大変なほどです。
いろいろとその商品の素晴らしさを述べる彼。 

「どうだ、美味いだろう?!」 

確かに美味しいものも沢山有りますが、私はここで彼に根本的なことを
面と向かって話し込む必要があると思っていたのです。 

「私には私の味覚があって、またお客様が選び、リピートして下さっている好みの味覚というものがあるんだ。

例えば君のドライトマトは

・しっとりと肉厚で
・適度な塩加減
・トマトの深い味わいがスグに感じられる

ところが秀でているから良いと思っているし、私のお客様も評価して下さってるんだ。
ちょっとかじってみるといろんな料理に幅広く使えるなぁとスグにイメージできるから
料理する事が楽しめると思っている。そういう、

・シンプルで
・繊細な
・自然の味

を探しているし、そう感じられるものしか自分で紹介する事なんて出来ないよ。」 

というような事を多少言葉の回り道をしながらも一生懸命に伝えました。
頭の中ではさらに、

「シチリアだからといって、一過性のブーム?!に乗ったやり方はその先が無いし、私の本意ではない。
シチリアの豊富な自然の恵みを“外”の人がなぜ興味を持っているか本質を見据えないといけないし、
そこを見落とすと“あっという間に”消費されて終わってしまう。
私はシチリアに心を奪われた者として、そういう事を大事に伝えて行きたいし、
その手段・方法は洗練されるべきだと思っている」 

というような事もグルグル廻りながら述べ続けました。

ややもすると“思いのたけ”だけで頭が一杯になって言葉が出てこなくなりそうでしたが、
とにかく何とかして伝えようと話しつづけました。 
会話ですから、当然、彼のマシンガンのような返事も返ってきますので
話しているだけで“痩せそう”でした。

幸いにも彼は、

「何故この素材(ドライトマト)が良いと言われるかを他の食材の生産者や、
シチリア以外の外の人間といつも話すために外に出ているんだ。
じっと作り続けるのも大切な事だが、こうして話していくことで見えてくるものもあるんだ。
だから君と直接いろいろと話がしたかったんだ。」 

と言っておりました。私はさらに、 

「私が伝えようとしている“私の味覚”を気に入ってくださったお客様が増えてくれば、
君のバリエーションも少しづつ展開する事もできるが、今は未だ時期尚早だ。
それに、お客様からの要望がどんどん出てくればその内容を君に伝えるから。
だから、まず私がどんなものが好きかを知って欲しいんだ。」

と付け加えました。

彼に連れて行ってもらった行きつけのトラットリア。
いろいろと皿の上にのぼった食材を食べながら、私なりにひとつひとつ自分のコメントを述べていきました。
なので、食べ終わるまでエライ時間がかかってしまい、エネルギー補給の意味で食べているはずなのに、
エネルギーを消費していたような感覚でした。

とても真剣な内容を話しているつもりでしたが、

・顔を見て直接話が出来て安心したことや
・同い歳だったり
・冗談好き

のお互いだったので、リラックスしながら時間を共に出来ました。

相変わらず時間感覚はどうにもこうにも、といった調子でしたが、
なんだか私は楽しみながら出来そうだと思い始めていたのです。

続く。

イタリア買付道中記 2004 その10

「コウジはCatania:カターニアの伯父さんの所に泊まるのが仕事には便利だから、その方がいいだろう。」
という事が急に決まりました。(その日の夕刻になってから(^^;)

Zio:ツィオ、伯父さんは教会の神父さんなのです!
カターニアの街中、Duomo:ドゥオモから歩いていける場所にツィオが住まい、教えを説く小さな教会がありました。


ウルシーノ城という場所の近くです。

「おぉ、コウジかね?良く来たね、待っていたよ。」

私を案内しながら話すその言葉は、小さいながらも美しいバロックの教会中に 
おだやかに、やさしく、光のように響きながら耳に届きました。 

「なんて素敵なところなんだろう。。。」

うっとりしながら通された居住部には“質素な様相を呈した空間”が。
特に客用の部屋などあるわけも無く、物置替りに使っていた部屋が私のしばしの寝床となるわけです。 

「寝られるだけで充分です。」 

と言うが早いか、目に飛び込んで来たのは、“十字架に貼り付けられたキリスト像(高さ3メートル位)”!!

「ぬ、ぬうぅぅ、ツィオ、こ、これは!」

「ああ、きっとコウジを見守ってくださるはずだよ。」 

とあくまで穏やかなツィオ。
これから数日は、神に見守られながら眠るわけです。
見せたいものがあるので来なさい、と言われて通されたのは彼の部屋。

「このノートパソコンは、CPUが2.8GHz,Memoryが512MHz,DVDにCD-RWが・・・、
それからこのパソコンは・・・、それからこのTVはマルチチャンネルのCSで・・・、
そうそう、最近買ったプリンターは、複合機で・・・」

と豹変し、熱く語りつづける彼の部屋には

・数多の最新電子機器
・数多の中古電子機器
・用途不明の電子機器
・使われていないであろう、電子機器・・・etc

が、

・ホコリをかぶりつつ
・どう考えても滅茶苦茶に山積みされ
・タコの足8本をはるかに凌駕するタコ足配線

のもとに存在しておりました。
(内部の写真はやっぱり撮れない...そんな風に思いました。)

しかも、

「電気屋を呼べばお金がかかるじゃないか、だから自分でやるんだよ。」 

と豪語する割には、

・コンセントに裸線をそのまま突っ込み
・調子が悪いからと、大事なパソコンの電源を“ブチっと”もとから引き抜く

ような、お茶目な“電気好き”のツィオをして

「エレクトリック、ツィオ」

と呼ばずにはいられないほど惹き付けられてしまったのです。

さらに、エレクトリック、ツィオは 

「片付け大嫌い、ツィオ。」 

なる事も発覚し、彼のキッチンは、

・私がもしも“虫”だったら、愛して止まないであろう、否そうに違いない
・食べ物一般が“発酵”するに最適な条件

を満たしていました(^^;

 ツィオの家に行く=掃除をしに行く事です。

その常人を超えたアクティビティが魅惑的なツィオ。
不思議な魅力に惹かれっぱなしの私は少し混乱気味でした。
翌朝、出かける前にひと言、

「あなたの行く先は全て神が見守ってくださいます。」

あのエキセントリックで興奮した記憶は、また穏やかな語り口と共に心に響く
平穏で幸せな気持ちにとってかわり、もはや、その心を鷲掴みにされてしまった私は
どうしようもなく、彼にメロメロになってしまったのでした。

続く。 

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